shinobuno_po_po

ゆるりとショートショートを書いていきます。

低リスクの犯罪

 最近この辺りではスリが多発しているそうだ。
 まったく、愚かな話である。大体、最近の財布には最新式の防犯GPSが付いていて、盗んでも居場所がばれちまう。だからスリなんてのは、リスクが高いわりに、実入りの少ない犯罪なのだ。
 その点、俺は低いリスクで確実に金を巻き上げることができる。要は、相手に納得してもらってお金を奪えばいいのだ。
 そんなことができるのかって?まあ見ておくがいいさ。ちょうど向こうから、おどおどした様子の若者がやって来る。身長は俺より低いし、鍛えている様子もない。
「おい、お前、ちょっと来い」
 ドスを効かせた声で、俺は若者に声をかけた。帽子を目深にかぶり、下を向いて歩いていた若者が、肩をびくんと震わせてこちらを見た。その目は焦点が合っておらず、息も荒い。
 俺は若者の襟ぐりをむんずと掴んで、有無を言わさず路地裏に引っ張り込んだ。若者は、片腕で持ち上げられるほどの軽さだった。
「おい、財布を出せ」
 若者は、俺を目前にひどく怯えているようだった。肩から掛けていたトートバッグを両手で掴んで、ぶるぶると震えている。
「すみません、本当にすみません」
 鼻がかった声で、若者が謝罪を重ねる。その目は少し潤んでいる。突然理解不能な恐怖に陥ったときの人間の反応は大体同じだ。
「謝らないでいいからさ、ほら、財布出せよ」
 俺がそう催促すると、若者は震える手でトートバッグに手を突っ込んで、牛革の上等な財布を取り出した。俺はその財布をひったくって、その厚みに頬を緩ませる。
「じゃあこれはもらっておく。いいか、警察に言ったらどうなるか分かっているな。お前だけじゃなく、お前の家族も痛い目にあわすからな」
 ドスを効かせて脅すと、若者は赤べこのように繰り返し頷いた。俺はその様子に満足し、若者を解放した。いそいそと逃げ去っていく姿は、とても愉快だった。
 手元に残った牛革の財布を開いてみると、中には万札がぎっしりと詰まっている。あの男、こんなに金持ちだったのか。腹の底から笑いがこみ上げてきた。
 人差し指と親指をなめてその枚数を数え始めた時、サラリーマン風の男が、警察を引き連れてこちらへ走りこんできた。
その手には防犯GPSが握られている。それが指さす方向、つまり俺に向けてサラリーマン風の男が叫んだ。
「アイツが持ってるのが、俺の財布です」